国語と日本語の境界線

日本人なら日本語を話せる、且つ聴き取れることが当たり前、
しかし学校の国語の成績となると、誰しもが優秀というわけ
にはいかない・・・これは一体何故でしょう?

教科としての国語は、言わば「日本語による学問」であり、
日常会話とはレベルが違うというわけです。所により音読が
取り入れられてはいるものの、国語の授業内で口と耳が
使われることは極めて少ないのが常。結局のところ、「日常
での日本語は高いレベルで問題なく使える」ことが大前提と
され、その上で読み書き中心の授業が行われているわけです。
しかしながらそこには矛盾を感じざるを得ません。

聴くことと話すことが高次元で行えるのならば、何故「学校の
成績はいいのに面接になると言葉が出て来ない」生徒さんが
山ほどいるのでしょう?話すことの力が十分でないのにも
かかわらず、学校でその訓練が行われていないことを如実に
物語っているのです。そしてそうした「日本語」の授業が
行われているのは、日本人が通う学校ではなく、留学生や
外国籍の方々が通う日本語学校だけだと言えるでしょう。

そもそも人の環境や育ち方はまさに十人十色、「日常」という
言葉で一括りにはできるはずもありません。十分な日本語力を
習得できる環境にある生徒さんもいれば、そうでない方も無数
に存在するのが現状です。ただ漫然と教科書を進め、時には
それにすら及ばないおふざけも行われるらしい学校の国語教育。
凝り固まった頭をまずは教える者達がほぐし、「日本語」という
概念の確認から行っていくべきではないでしょうか。

その一助とすべく記事を書きました。

http://www.sopademiso.top/article/450797601.html

これが「面白い授業」と「中身が空っぽのおふざけ」の違いです。
基本的には外国籍の方向けですが、日本人でも、否日本人だから
こそ多くのことが学べるのではないでしょうか?是非ともご一読、
ご一聴ください!

御機嫌よう!

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